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【インタビュー】「パーパス策定はゴールではない」吸引力のある新時代の組織であるために必要なパーパス策定・浸透施策とは?

今回は電通コンサルティングでマネジャーを務める小林 勝司へのインタビューの後編をお届けします。
※インタビュー内容、所属、役職は取材当時のものです。(2023年7月取材)


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目次[非表示]

  1. 1.パーパスを策定する上で重要な豊かさ指標の未来
  2. 2.パーパスと「人的資本経営」
  3. 3.パーパスを策定する意味「吸引力のある未来型組織であるために」
  4. 4.パーパス策定≠ゴール 施策に落とし込み、浸透させていくためのスタート
  5. 5.パーパスを策定すべき企業と策定するタイミング
  6. 6.グローバルコングロマリット企業へのパーパス策定支援事例
  7. 7.大企業ほど自社でのパーパス策定はハードルが高い?
  8. 8.まとめ:一貫するDNAから未来像を描く


パーパスを策定する上で重要な豊かさ指標の未来


―――さて、後編では、専門である未来社会予測を活用して企業のパーパス策定やパーパスの浸透について取り組まれている小林さんに、パーパスについての考え方や事例についてお伺いします。まずパーパスを理解する上で押さえておきたいキーワードは何でしょうか?


小林:私たち電通グループでは、パーパスとは、企業が「社会」の中で、どのような貢献をするために存在するのかを示すことと捉えています。そのためには、社会が目指す豊かさとは何かを理解する必要があり、「GDW(Gross Domestic Well-being)」や「BLI(Better Life Index)」といった豊かさ指標の未来潮流を把握しておくことが重要だと考えます。

これまでグローバルでは、経済実績を社会発展の尺度に置き換え、豊かさ指標としてGDPが活用されてきました。ご存じの通り、GDPとは、国内においてどれだけの数の製品が生産され、どれだけ消費されたかの総額を示す指標であり、言い換えれば、大量生産・大量消費の度合い示したものです。つまりGDPで測れる豊かさとは、所得と消費によってもたらされる豊かさであり、包括的な人間の豊かさから見れば、一部に過ぎないと言えるのかもしれません。

実は、豊かさ指標としてのGDPの妥当性に関する議論はかねてから顕在化しており、1970年代に発刊された『成長の限界』を起点に、環境問題が課題提起され、さらに、GDPが一定水準に達すると、人々の主観的幸福度が頭打ちになるという「幸福のパラドックス」が顕著になるなど、議論は活発化していきました。

そこで、ノーベル経済学者ジョセフ・スティグリッツ氏等によって、物質的な豊かさといった単一的な指標への集約から、持続可能性や主観的幸福といった多元的な指標群への具体化が進み、「BLI」や「GDW」といったダッシュボード型指標が注目されるようになりました。


【参考】「スティグリッツ教授 地球と世界を良くするための経済学 」日経BOOKプラス


こうして世界的に豊かさの定義が変わっていく中、単に大量にモノを製造し、販売し、更なる成長を遂げようとする企業は、自らの存在価値を問い直すことが求められており、ドラスティックに変わろうとしています。

今、「企業が『社会』の中で、どのような貢献をするために存在するのか」を示すことは、企業にとって最も重要になってきています。従業員に対して、社会に対して、そして消費者や投資家に対して、どのような意識を持ち実践する企業なのかがますます問われていくと思っています。


パーパスと「人的資本経営」


―――「人的資本経営」というワードがよくパーパスと並べて語られることが多いですが、パーパスとどのように関係するのでしょうか?


小林:「人的資本経営」の概念はパーパスを検討する中で議論しなければならない大切な要素の1つです。また、パーパスによって人的資本経営が支えられるという側面もあります。
世の中で豊かさ指標が変化を遂げつつあるという背景のもと、企業が保有する資産とは、財務価値のみならず、非財務価値も同等に重要であるとの潮流が生まれています。

2023年3月期の有価証券報告書から、サステナビリティ関連項目として人的資本の情報開示が義務付けられました。具体的には「人材育成方針」「社内環境整備方針」「男女間賃金格差」等の項目があります。企業価値の向上に繋がる人材獲得・育成に関する取り組みや情報を投資家が求めるようになっているのです。


【参考】「サステナビリティ情報の開示に関する特集ページ」金融庁


そのように人材を資本として捉え、価値を最大限に引き出すことで企業価値向上につなげる考え方が「人的資本経営」です。

そしてパーパスの明確化により、経営層と従業員は目的意識を共有し、より密接な関係性を築き、結果的に高い従業員エンゲージメントが構築されていきます。


また、企業が資産として保有している非財務価値は人的資本だけではありません。
電通コンサルティングでは「統合諸表」といった、企業価値を「事業」「社員」「社会」「環境」の4象限で捉え、財務情報だけでなく非財務情報も含めた統合的な視点で企業価値を可視化・再構築するためのフレームワークを活用しています。

企業がパーパスを考えるときには、「統合諸表」のように俯瞰的な視点で自社が持つ資産・企業価値を棚卸することは非常に重要です。


統合諸表について詳しくはこちら >>


パーパスを策定する意味「吸引力のある未来型組織であるために」


―――そもそも企業がパーパスを策定する意味はどのような点にあるのでしょうか?


小林:パーパスを策定する意味は、企業がヒト・モノ・カネを集める吸引力を持つことにあります。

企業がパーパスを社会に明示することで、その目的に共感した人材が集まります。先ほどの人的資本経営の話にも繋がりますが、同一の目的を持つ人材が集まることで、強力な推進力を生み出し、一つの目的を達成することが可能になります。

また、その目的に共感する外部のステークホルダーからの投資にも繋がります。要するに、これからの時代の企業にとって、パーパスを明確化することが、ヒト・モノ・カネを呼び込むことになるのです。

一方、旧来型の企業の在り方では、高度な人材を自社に囲い込むために終身雇用制度を採用し、社会と閉ざされた組織であることが一般的でした。

現代社会においては、何かとオープンであることが求められ、企業は、人や情報を囲い込むことが困難になりました。未来志向の組織では、共感する人材や共創パートナー、資金を集めるためにもパーパスを宣言することが必須になってきているのです。


パーパス策定≠ゴール 施策に落とし込み、浸透させていくためのスタート

パーパス策定≠ゴール 施策に落とし込み、浸透させていくためのスタート


小林:パーパスを策定することはゴールではなく、むしろそこがスタートです。策定したパーパスを社内外で機能させていくうえで、従業員、共創パートナーへどのようにリーチさせて伝えていくのか、そしてどのように巻き込んでいくのか、という点まで戦略的に考えていかなければなりません。策定した後の社内外への「浸透戦略」の方が重要だと考えています。


具体的には、パーパスを軸とした見える化・自分ゴト化・行動化を設計しなければなりません。従業員が腹落ちし、共創パートナーの共感を得るためにも、表面的なワーディングだけではなく、実際に機能する戦略に落とし込んでいかないと、パーパスは絵にかいた餅になってしまいます。


パーパスを策定すべき企業と策定するタイミング


―――パーパスを策定するべきタイミングはどのようなときでしょうか。また、パーパスを策定するべき企業とはどのような企業でしょうか?


小林:とりわけ、自社の産業の周辺領域において、破壊的イノベーションに通じる予兆事例が顕在化しつつあり、将来的に産業構造が一変するリスクを抱えている企業です。なかなか、企業がその点に気づき、自覚することは難しいですが、例えばインフラ業界やメディア業界などでは、破壊的イノベーションが継続しており、一気に産業構造がディスラプトしていくリスクが常に存在しています。こうしたディスラプトは、テクノロジーの進化によってのみもたらされるものではなく、生活者の受容性・価値観の変化が伴い実現していくものです。

それらのリスク、あるいは変化ドライバーと向き合うことができず、既存の収益基盤に執着する企業は、今一度、未来を見据えた長期的な視点を持ち、産業構造変化を見据えたパーパスの策定をお勧めしています。


また、事業展開を多角化しているコングロマリット企業も、長期的な目線で産業構造の変化捉え、柔軟に事業転換できるようにする一方、本質的な目標を見失わないためにもパーパスを明確化する必要性があります。

さらに、コンソーシアムやDAOのように、目的を持った組織・個人の集合体でもパーパスは重要です。自律分散型で多様な人が機能し、共創していくためには目的が不動のものとして掲げられている必要がありますね。

今後、企業や組織の在り方は、多角化を推し進めるコングロマリット企業とアドホックに目的を達成していく自律分散型組織のように二極化していくと考えられますが、どちらの在り方であったとしても、まずは、パーパスが明確であることが前提となることは間違いないと思います。


グローバルコングロマリット企業へのパーパス策定支援事例


―――ここからはパーパス策定に関する支援事例について教えて下さい。クライアントはどのような課題感を抱えていたのでしょうか?


小林:あるグローバル企業の例をご紹介します。そのクライアントは中核事業に加えて、グローバルでの買収や異業種との合併をすることで、事業の多角化を進めており、カルチャーも目的も違う人材が集まる中で企業文化の統合を経営課題と捉えていました。

経営陣や母体となるグループ企業には大切にしたいDNAがある一方で、コングロマリット企業としての未来の姿を描くことができていませんでした。

結果的に、目的意識やカルチャーが異なる人材・企業が集まったものの、「いつまで経ってもグループ各社の足並みが揃わない」という課題意識を抱えていたのです。


―――そのような課題を解決するために、どのようなアプローチをしたのでしょうか?


小林:グローバルに通用するパーパスを明確化することから始めました。共通の目的意識を持つことで、グループ内の横の連携を強化し、組織と組織の隙間にあり見逃していた事業をより一層ものにしていくことを目指したのです。


具体的なプロセスとしては、グローバルの経営者も含めて約50名もの役員全員と若手リーダー層にインタビューを実施しました。ベテランの経営者から若手のリーダー層まで、国籍も年齢も異なり幅広いバックグラウンドを持っているリーダー層に対し、「未来に向けて大切にしていきたこととは何か」「社会の中でどのような存在でありたいか」を中心にヒアリングと整理を行いました。
ヒアリングの中で見出した要素を、外部環境の未来予測と照らし合わせ、多様な人材が腹落ちするワードに落とし込み、パーパスを策定していきました。


―――パーパス策定にあたってクライアントからはどのような反応をいただいていますか?


小林:ヒアリングから導き出したパーパスの要素に対して、社長や会長、また役員の方々を含めて「自社のDNAと感じてきた暗黙知が言語化された」という反応や、「自社にはこれからの未来にも通用する、普遍的な価値がある」という新たな気づき・反応をいただき、ご納得いただけたように思います。


大企業ほど自社でのパーパス策定はハードルが高い?


―――実際のプロジェクトで困難だったポイントを教えてください。


小林:グローバルカンパニーで、多くのステークホルダーにヒアリングを実施しましたが、共通の価値観や共通の目指すものが見出せるまでは本当に混沌とした状態でした。大企業だからこそのハードルであり、だからこそやるべきことなのだと、クライアントも認識されていました。


また、どのような論点や要素に絞り込んでいくか、クライアントのプロジェクトメンバーを含めて喧々諤々と議論していく過程は、エネルギーと多くの時間を必要とするものでした。
自社だけで実施するのは非常に難しいとされている理由ですね。


まとめ:一貫するDNAから未来像を描く


―――最後に、パーパス策定する上で「未来」というワードが出てきました。クライアントと一緒に未来を考えるときに意識していることはありますか?


小林:企業と一緒に未来を考えるとき、漠然と未来や社会のことだけを考えることは難しいです。そのため、「歴史(DNA)」「現在」「未来」の3つのレイヤーで意思の疎通を図ることが大事だと思っています。
つまり、過去に大事にしてきたDNAや現在チャレンジしていること、そして見据えている未来の姿という3つのポイントをセットで擦り合わせることで、共通の未来像を描いていくというプロセスを重要視しています。


―――ありがとうございました。今回ご紹介した未来予測に基づくパーパス策定サービスについて、詳細な資料や事例を知りたい方はお気軽にお問い合わせください。


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●今回インタビューした方

小林 勝司
電通コンサルティング マネジャー

小林 勝司

広告会社にてクリエイティブ部門・マーケティング部門に従事、コピーライターを経て、デザイン思考に基づいた消費者動向分析を推進し新たな事業機会の創出に貢献。
その後、大手電気機器メーカーのシンクタンクにて未来社会研究と新規事業開発に従事し、長期ビジョン策定に向けた未来社会コンセプトの明確化や、社会潮流起点による新規事業開発に参画。
美大のデザイン専攻のバックグラウンドとマーケティング領域での経験を活かし、感性・アートと論理・サイエンスの両面から、答えの出しにくい課題に取り組むことを得意としている。


小林のプロフィールについて詳しくはこちら >>