「共創が地域も、事業も、人も育てる【ふくいのデジタル×電通コンサルティング】」
輝かしい成功に至るまでの人々の葛藤や奮闘には無数のドラマがある。前例のないプロジェクトを推進している立役者に寄り添う対談シリーズ『Behind the Scenes』。
シリーズ第4回目のテーマは、共創が、地域も、事業も、人も育てる。
ふくいのデジタルで代表取締役社長を務める小林 拓未さんと電通コンサルティングでマネジャーを務める福井 雄一朗が共創から学んだ価値観や、共創によってこそ実現できる地域活性化のありたき姿を語ります。
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人口減少や高齢化、地域の活力が失われつつある。その一方、デジタル技術の進展やスマートフォンの普及により多くの生活者と接点を持てる環境が整っている。
その環境下でいち早く地域版スーパーアプリを構築し、地域のDX(デジタルトランスフォーメーション)を官民連携で推進している民間企業がある。それが福井銀行と福井新聞社が2022年に共同で設立した事業会社『ふくいのデジタル』だ。
地方銀行と地方新聞社が対等出資で事業会社を設立、地域経済活性化を推進しているのは全国初。さらに、デジタル地域通貨導入後の本格的なサービスローンチからわずか約5か月後の2024年3月31日時点で県民の約20%にあたる利用者数約16万人、加盟店約4300店と急成長を遂げている。
その立役者が、現在、『ふくいのデジタル』で代表取締役社長を務める小林 拓未さんだ。福井銀行で経営企画、営業店勤務等着実に経験を積み、『ふくいのデジタル』設立に参画、そして30代で社長に抜擢された。
『ふくいのデジタル』のあるべき姿に向けて、県の受託業務獲得からローンチまでに奮闘した背景、銀行での経験があるからこそ見えた価値観や今後の展望を語る。
対談内で取り上げているイベント年表
締め切りVSクオリティ、事業での大切な軸をぶらさない
締め切りとクオリティ、ジレンマにも見える2つの欲求を満たす
県のデジタル地域通貨(※1)の受託が決まったとはいえ、実質納期まで7か月。できることは限られている。ただし、今回の受託業務だけでなく、今後『ふくいのデジタル』として生活者、事業者へさまざまなサービスを展開していきたい。だからこそ機能にもこだわりたい。
「より良いクオリティの追求」と「ローンチまでの限られた短い時間」という、ジレンマのようにも見える2つの欲求をどのように満たしていったのか?
(※1)デジタル地域通貨…使途の制限(使用店舗、使用期限等)が可能で、個人を特定した柔軟なポイントの付与等ができる。福井県が給付金支給等における行政事務の迅速化・費用削減の推進に加え、域内経済活性化等を促進するため、当該サービス提供事業者へ企画提案を募集したもの。
聞き手:デジタル田園都市国家構想交付金(※2)を活用した県の事業受託が決まり、正式に福井県のデジタル地域通貨事業の開始に向けて準備に着手されたと思います。短期間の中で締め切りを優先するか、クオリティを優先するかのせめぎあいがあったと思いますが、小林さんご自身はどのようなスタンスで臨んでいましたか?
(※2)デジタル田園都市国家構想交付金…デジタルを活用した意欲ある地域による自主的な取り組みを応援するため、デジタルを活用した地域の課題解決や魅力向上の実現に向けて国が支援する交付金。
小林:僕はどちらかというと締め切りを優先しており、クオリティは後からついてくればよいという考え方でした。クオリティはユーザーに使っていただき、さまざまなフィードバックをいただきながら、後から磨かれていくべきだと思っていました。
福井:副社長の島田さんはクオリティにこだわっていましたよね。県の受託範囲だけだと、どうしても機能も限られてくるので将来さまざまなサービスを拡充するために「やりたいことをやるための機能をしっかり取り入れたい」という想いが強かったですよね。
4 月に受注して 11 月にローンチという7か月の中でできることは限られていましたが、その中でもやりたいことはできるだけ実現したいという調整は毎月ありました。
5月には合宿も実施し、システムパートナーも含めアプリを動かしながら具体的な部分を詰めていく作業をしましたね。合宿によって、チームの顔もシステムの動きも見え、ふくいのデジタル、システムパートナー、弊社の3社間で共通認識を持ちながら進められたと思います。
小林:お互いにお互いの主張を通しながらも、活発に議論をしましたね。島田さんの思想もよくわかっていて、拡張性のあるモデルだということは私も同意をしていました。短期間の中でも島田さんがこだわったからこそ、たとえばMaaSのサービス等、今あるさまざまなサービスが提供できていると思います。
ときにはコンサルタントとして、ときには媒介者として、ときにはまるで社員のように
事業の実現に向けて伴走するコンサルタントとして、事業の軸をぶらさずにクオリティと納期のバランスを図っていく媒介者として、さらに実際に手を動かす社員のように。福井が踏み込んでともに進めてくれたのは大きな支えになったと小林さんは語る。
聞き手:システムパートナーとの調整はどのように進めていましたか?
福井: 私たちはずっと小林さんや島田さんと一緒にこのプロジェクトを推進し2人の想いも理解しているので、ビジネス側で考えていることをシステムパートナーに逐一お伝えしていましたね。
聞き手:PMO(※3)としての観点から理解をしながら必要なところに調整に入った形ですね。
(※3)PMO…Project Management Officeの略で、組織内における個々のプロジェクトマネジメントの支援を横断的に行う部門や構造システムのこと。
小林:私たちの見えないところで、福井さんや電通コンサルティングのみなさんが私たちの想いを翻訳し、欠けているピースを理想的な形で埋めてシステムパートナーに伝えてくれたので、私たちとしてもスムーズに会話ができました。
システムパートナーからすると、クライアントへ直接聞きにくいことも電通コンサルティングを介してシェアし、要件をすり合わせることができていたのではないかと思います。
聞き手:システムパートナーとビジネス側で検討している内容を定期的に共有していましたか?
福井:よく連絡を取り合っていましたね。ローンチする前は小林さんや島田さんとは週に3~4回、システムパートナーとも週 2 回と密に打ち合わせをしていましたね。
ふくいのデジタル 代表取締役社長 小林 拓未さん
小林:今でこそ体制として副社長の島田さんを入れて、 8 ~ 9 人ぐらいまでに育ってきましたが、当時は私と島田さんを加え計4~5人程で仕事をしていたので正直手が回らなくて。かつ現業でもボリュームのある事業を抱えていたので、その中で手が足りないところやコミュニケーションが不足しているところを、福井さんは社員のように責任感を持って動いてくれていました。スコープではないところまで踏み込んでくれて大変ありがたかったです。
みんなで取り組むことで、地域も、事業も、人も育てる
事業の成長が人を育てる
短い開発期間でも無事デジタル地域通貨の導入ができ、事業が軌道に乗っている『ふくいのデジタル』。電通コンサルティングがサポートに入り伴走したことで、事業だけでなく、携わる人も成長したという小林さん。何よりその成長を自分自身が一番実感しているという。プロジェクトの前後でどのような成長を実感しているのか?
小林:プロジェクトを通して、私自身がすごく成長したと実感しています。本当にさまざまな経験を積ませていただきました。
電通コンサルティングのみなさんがクライアントとともにプロジェクトを推進する中で、プロジェクトを通して、事業を成長させ成功に導くだけでなく、事業を成功させる人材を育てていくことにも貢献していると感じていて。事実、それが『ふくいのデジタル』では実現していると思います。30 代で銀行から託された社長が事業の責任者になり、私も成長しながら、今この事業もともに成長していると思います。
聞き手:ありがとうございます。小林さんご自身が成長されたと思ったポイントを教えていただけますか?
小林:いろいろなことに自信がついたというのはありますよね。システムの領域も詳しくはなかったですし、新会社を設立し、新事業の立ち上げをするということは当然経験がありませんでした。それが今、売り上げもしっかり立てつつ、県民の5人に1人、約16万人が使っているアプリにまで成長しているので、県の方々にもしっかり信頼いただける関係をつくることができたというのは大きな成長につながったと思っています。
割といきなり飛び込んでもそれなりに立ち回れるという自信がつきました。これまではしっかり工数踏まえ、前もって資料を準備するというスタンスでした。それも大事ですが、今ではその場で急遽入って、アジャイルでこうしたらよいのではないかという話ができるようになったというのは、私自身大きいかなと思いますね。
福井:失敗してもいい、とりあえずやってみようというように変わりましたか?
小林:それはありますね。会社を設立し代表に就任するときに、トップからは、地域のためにどんどんチャレンジしないさいと送り出してもらいました。その言葉で勇気をもらったことと、たとえ多少失敗したとしても、屋台骨はさすがに揺るがないだろうなという安心感、割り切り、というのはありますね。寛容にチャレンジを後押ししてくれる福井銀行には感謝しています。
福井:『ふくいのデジタル』への参画前後でそのマインドは変化しましたか?
小林:もちろん失敗したくないですが、参画後はよりチャレンジすることに自信を持てるようになりましたね。
共創から学んだ新しい価値観
既存事業に活かせる視座
新会社を立ち上げ、新規事業を推進するなど、いままで取り組んだことがなかった。だからこそ得られた新しい視座があった。
福井:私も銀行出身なので感じるのですが、銀行は主体にはならず、他の人を助けるという感覚があると思います。そこがおそらく初めて主体になったことで、目線が銀行側から事業者側に変わったと思うのですが、いかがですか?
小林:まさにそれですね。融資した後、どう事業を推進していくのか、そして中長期的な目線でそれをどう持続可能な形にもっていくのか、という視座を持つことができたというのは大きいと思いますね。それを私が銀行に持ち帰り、今後銀行の仕事の中でそれを活かしていきたいと思っています。
電通コンサルティング マネジャー 福井 雄一朗
変わらない価値観と変わる価値観
地域を盛り上げること、これはずっと変わらない。しかし共創によって、新たに大切にしたい価値観が生まれたと小林さんはいう。
聞き手:この事業に取り組む中で、もともとの価値観で大事にしているものと、新たにできた価値観があれば教えていただけますか?
小林:まず、変わらない価値観は、地方銀行のDNAとして、地域がより豊かになっていくために価値あるものを提供していくというところは当然変わらない価値観だと思っています。
一方で、変わってきた価値観でいうと、地方銀行だけでやはりできることに限界があると改めて思いました。この地域共創プラットフォーム事業が地方銀行1社だけでは絶対にできていないですし、地方新聞社と組んで、また電通コンサルティングに入ってもらって、さらに官民連携なので自治体と組んでという形で実現しているので、もっと地方銀行がさまざまな人を頼ればよいのではないかと思っていますね。それで、持ちつ持たれつの関係でよきパートナーシップが構築できると思います。
もっといろんな人と組んだ方がさまざまなアクションが取れるということを伝えたいですね。
相手を慮るということ
複数社で同じ未来を歩むために必要なことは、相手の立場になって考えること。理想を追求するとつい自分の主張を通したくなるが、共創でしか成し遂げられない壮大なビジョンを達成するためには、何より相手の主張の背景まで汲み取ることが必要だ。小林さんと福井はこれまでの信頼関係でお互いの役割を補完し合いながらうまく連携することができていたという。
聞き手:小林さんはさまざまな人と補完し合いながら協力していくことで成果が出せるとおっしゃっていたと思います。協業に対して前向きで基本のスタンスが寛容的なので、多少違う意見でもまず受け入れるというところがベースとしてあると思います。とは言っても考え方の違いから衝突するようなときもあったのでしょうか?
小林:そうですね。ありますね。
聞き手:どのように考え方の違いを切り抜けているのでしょうか?
小林:自分の意見が必ず正しいとは思わないように意識しています。それは折れるか否かの問題ではなく、自分の主張をよい形に変化させていけばよいと思っています。うまく相手の求めているところと、私が求めているところの折り合いをつけ、着地させようという観点は大事にしていますね。
島田さんもよく言っていますが、相手のことを慮ること、自分の主張ではなくて、相手の立場になって考えると相手の主張する意味やその背景が理解できますし、お互い折り合いをつけようという感情になると思いますね。
福井:はい、お互いがうまくかみ合わないといけないというのはありますよね。
聞き手:福井さんは小林さんと接するうえで、持っていたスタンス等はありますか?
福井:私は自分の役割を全うすることに集中できましたね。というのも小林さんや島田さんは、どうしたらうまくできるのか、まずは歩み寄る方法を考えてくださいました。社内の調整はお二方がスムーズに実施してくださっていたので、社内上申等あまり意識しなくてよかったのは、すごく進めやすかったですね。お互いのポジションを意識し、うまく連携を図れていたので、プロジェクトとしても前に進めやすかったです。
聞き手:お互いうまくかみ合った部分があったということですね。実際に中身を積み上げるところと、それをいかに社内の合意形成として通すかという両方があり、役割分担ができていた形ですかね。
福井:はい、そうですね。小林さんと島田さんには社内で働きかけ、調整いただき、提案を通していただいていました。場合によっては、1 ヶ月以上かかることもあるのですが、今回はそれがほぼゼロでした。
聞き手:やはり、人とのコミュニケーションの中で、どう折り合いをつけながら、一緒に同じ未来を向いて進んでいくか、そしてその中でどういう形でお互いが持っているものをうまく通わせながら、 1 つのものをつくり上げていくのか。信頼関係を育みながら連携を取られていたことがお二方の会話を聞いて感じ取れました。
共創で叶える地域活性化のありたき姿
ともに実現したい全国的な横展開と協業によるシナジーの最大化
持ちつ持たれつ、やはりみんなで取り組んでいくことを大切にしたいと小林さんは語る。関わる関係者とともに補完し合い『ふくいのデジタル』のモデルをともに広める、それが今目指していることだ。
聞き手:今後の協業で期待していることはありますか?
小林:ずっと描いていた『ふくいのデジタル』のようなモデルを全国的に広めていきたいです。それを電通コンサルティングやシステムパートナーと一緒に実現させたいですね。
関係者でどのような補完関係をとることで、そのシナジーを 1 番高いところへ持っていけるのかというところを、今後も引き続き一緒に考えながら取り組みたいですね。
地方銀行を元気にすることが地域の活性化につながる
地方銀行の立場として、地方銀行全体を盛り上げたい、それが個人的なミッションだと小林さんは語る。『ふくいのデジタル』のモデルが順調に成長を遂げ、これによって地域のお金を循環させることができている。だからこそ、このモデルを全国に展開し、地域の活性化を地方銀行とともに進めたいという。
聞き手:『ふくいのデジタル』を今後どのように成長させていきたいと考えていますか?
小林:地域の基盤となるプラットフォームを構築し、価値を共創していくという意味では、今、多くの県民の方々に使っていただいており、県内の全基礎自治体に導入が進んでいるので、1つの基礎はできたと思っています。
そして、それをどう盤石なものにしていくかというところは今年1年の勝負だと思っています。現状は官の事業も多いので、今年度は民としての『ふくいのデジタル』としてのアプリの運営をしっかりしていきたいと思っています。実際、民間事業もいろいろ動き出しています。
地域の生活者や事業者へのサービスを拡充し、他の追随を許さないようなスーパーアプリへと成長させていきたいと思っています。
一方で私のミッションで言えば、地方銀行をもっと盛り上げたいです。それが他の地域に広めていきたいというモチベーションにつながっているのですが、やはり地域の責任あるプレイヤーである地方銀行が元気でないと、地方は絶対元気にならないという信念を持っています。『ふくいのデジタル』というモデルで成功をしており、そこで得られたリターンを、しっかり地域に投資ができる環境が整いつつあります。地域のお金をどう循環させるのかというのも、地方銀行が考える役割だと思うので、もっと他の地域にもこれを伝えていきたいというのがこの1年のミッションだと思っています。
遠い存在から友人へ、感情に寄り添い育み続けた2人の絆
前編はこちら >>
●今回インタビューした方
小林 拓未 さん
ふくいのデジタル 代表取締役社長
2009年福井銀行入行。本店営業部、経営企画チーム、ブランド戦略チーム等を経て2021年12月から営業企画チーム新規事業、グループ会社担当推進役。2022年9月にグループ会社『ふくいのデジタル』を設立し、代表取締役社長に就任。2023年11月より事業開始した『福井県デジタル地域通貨基盤導入業務』における事業推進全体統括責任者として、全県一区での地域通貨基盤導入を実施。2024年5月より総務省『地域デジタル基盤活用推進事業(推進体制構築支援)』福井県事業における業務統括責任者を務める。神戸大経済学部卒。 |
福井 雄一朗
電通コンサルティング 事業推進グループ マネジャー
早稲田大学大学院商学研究科専門職学位課程(現 経営管理研究科)修了、経営管理修士。 大手金融機関にて、新サービス・新規事業企画及び立ち上げ、経営計画策定、社内でのコーポレートガバナンスの確立等に従事。電通コンサルティングでは、多様な業界のクライアントに対し、中期経営計画や新規事業戦略、マーケティング戦略の策定支援、人材・組織プロジェクトの立案支援等を実施。顧客の特徴を定量・定性の両面から捉え、マーケティング戦略に落とし込むことに強みを持つ。 |